映画祭について
日本メディア協会は、ハンブルグ日本映画祭主催者として2002年に設立され、以来、映画祭に向けての組織的枠組みと、日本映画・文化の催しを提供し続けています。私たちは映画というメディアを通して、日本・ドイツ間の文化や社会に対する意見交換の場を身近なものにし、同時に、両国のより良い異文化相互理解の発展に貢献することを目指しています。さらに、この映画祭が両国の映像作家にとって、意見交換の場や、コラボレーションの可能性をもたらすべく立脚点となることを期待しています。
映画祭期間中、ゲストや上映される映画の制作者をご招待する一方、映画祭の企画・運営において、日本メディアのスタッフは年間を通し、自由意志に基づく完全ボランティアで活動しています。それゆえ、日本メディアにとって、映画祭の発展に伴い、映画祭開催を長期にわたり支援してくれるパートナー・スポンサーを得ることがますます重要になってきています。
2004年、映画祭は、5月末一週間にわたり開催された桜祭りに参加、また、その年はハンブルグ・大阪姉妹都市15周年という記念すべき年であったため、両都市を映画により結び付けるべく、プログラムの重要点を『Filmstadt Osaka(映像都市、大阪)』としました。これにより、日本メディアにとって2004年は、ハンブルグにおける、市の文化政策と日本人コミュニティーにつながりを得たという点で大きな飛躍な年となりました。
『Filmstadt Osaka(映像都市、大阪)』にちなみ、日本メディアは、インディーズ映画制作会社Planet Studyo+1の映画作品と、学外では初上映となるものも多い大阪芸術大学の卒業制作作品を紹介しました。その際、日本映画に興味津々のハンブルグの観客のため、大阪からのゲストであるPlanet Studyo+1の富岡邦彦氏と、大阪芸術大学の太田米男教授に、上映後、毎回進んで対談に応じていただきました。さらに、ハンブルグ大学アジア・アフリカ研究所の協力を得て企画・運営され、ハンブルグの映画館経営者と映像作家達も参加したシンポジウムでは、ハンブルグのB-Movieと、大阪のPlanet Studyo+1が姉妹映画館となり、それを通して姉妹都市における映画のコラボレーションのための基礎を築きました。そこでは、定期の共同映画祭を通した文化交流支援、両国の若手映像作家の交流の場の提供などが企画されています。その後も、毎年、日本メディアは大阪芸術大学のショートフィルムのうち精選された作品を紹介し、その監督達にゲストとして登場していただいています。
2004年の日本映画祭ではゲスト、イベントやシンポジウムなどの催しに加え、上映場所のバリエーションも大きく広がりました。2003年はVolkshochschule Mitte とMuseum für Völkerkunde が上映場所として使われましたが、2004年からは3001-Kino にMetropolisと B-Movieが上映映画館に加わりました。それに合わせ、ハンブルグ大学アジア・アフリカ研究所が日本映画に関する催しを開くべく、研究所の構内を提供して下さいました。2008年も、日本映画祭は上記の映画館3館にて開催されます。

